
「記憶する鏡」と呼ばれた写真の黎明期には、著作権や肖像権の問題が発生することはありませんでした。銀メッキした銅板に直接感光させたダゲレオタイプ(銀板写真)は絵画と同じように一枚のオリジナルの写真以外には存在しなかったからです。当時、写真は高価なもので特殊な技能を持つ写真師が資産階級の記念写真を撮っていました。当然のことながら、写真に写る人たちは望んで、写真の被写体になったのです。
明暗の反転した画像(ネガティブ)から複数の写真を得るために、感光剤などをガラス板に塗った湿板から乾板へ、そしてフィルムへと、銀塩写真は急速に発達していきます。さまざまなカメラが考案され質の高いネガやポジが生まれることにより、オリジナルとほぼ同じの質を持った多数の写真が流通し始めました。印刷技術の発達により、写真の印刷物が広範囲に流通することが、改めてオリジナルの写真とは何かという問いかけを突きつけました。
写真の被写体となる人々の肖像権という問題もこのころから徐々に発生してきます。著作権と肖像権という問題は実は写真の「複製を可能にすることを目的」とした特性そのものが、常に矛盾をはらんで生み出しているのです。
デジタル写真時代が到来しました。暗室、引き伸ばし機はおろかネガさえ知らない世代が生まれるのはもうすぐです。デジタル写真情報は銀塩写真時代にはなんとか存在したオリジナルという概念を根本から覆します。シャッターを押したときに獲得した情報と完全に同じものが、簡単にコピーできるのです。コピーが質の劣化もなく、限りなく拡散していく危険性をデジタル写真は本質的にはらんでいます。
著作権とは英語でCopyright といいます。社団法人日本写真家協会のホームページによれば、著作権とは「・・・小説を書いたり作曲したり写真を撮ったりした作品を、出版したり放送したりして利用するにあたって、その作者に法律によって認められる権利で、財産的な権利と人格的権利があり・・・」となっています。また「ウィキペディア」フリー百科事典によれば「著作権(ちょさくけん)とは、典型的には、著作物の創作者である著作者に保障される権利の総称であり、知的財産権の一種である。大きくは著作者人格権と著作財産権に分けられる」とあります。
「ウィキペディア」は肖像権について次のように記述しています。「肖像権(しょうぞうけん)とは、肖像(人の姿・形及びその画像など)が持ちうる人権のこと。大きく分けると人格権と財産権に分けられる。プライバシー権の一部として位置づけられるものであるが、マスメディアとの関係から肖像権に関する議論のみが独立して発展した経緯がある。」
GPは著作権と肖像権について尊重されるべき、重要な問題であると認識しています。GPサイトが目指すデジタル情報化された写真を自由に世界のどこへでも、どこからでも、販売・購入できるシステムは、常に著作権侵害・肖像権侵害の危険性を内包しています。
しかし、写真の特性に必然的につきまとう著作権・肖像権の問題を恐れるあまり、「人物の写真を撮らない」、「写真をデジタル情報として販売しない」という考え方は、「角をためて牛を殺す」ことになるとGPは考えます。
会員各位、特に提供者会員は自分の創作活動と著作権・肖像権の関係について、しっかりとした自分の考え方を持って、参加してください。あなたがシャッターを切った瞬間に著作権が生まれ、解決する必要のある肖像権の問題が起こりえます。
GP編集局は会員各位の著作権・肖像権への疑問に可能な限りお答えするとともに、GPサイト利用の中で問題が起こらないように、最大限の努力を惜しみません。